またまた転機を向かえておるぞ!その1
突然ですが、わたくし、転職することになりました!
ていうか、「本業に戻ります!」というべきか。。。
むか〜しむかし、まだ何も怖いものがなかった頃、(日本で)一軒のパブを開きました。そっち方面の世界では単純に、店の規模や高級感の度合いから クラブ(お姉さんが接客する方のね)⇒ラウンジ⇒スナック⇒パブ という呼び方をしていたので、水商売の中でもいちばん気楽な位置であったと思う。ちなみにこの頃はキャバクラってのはあまりなかったなぁ。。。ランジェリーパブってのが流行ってて、そういう所がいわゆる「キャバクラ」だと思ってたぐらい。
ナゼお店をやれるようなお金があったのか、、、当時の私はそんなにお金持ちだったか…(><)
とにかく激安で借りれた物件だった気がする。 家賃もいくらだったか忘れちゃったな。。。
な〜んにも考えずに「なんとなく出来そう」だったので開いたお店は、やっぱり流行らなかった(笑)
同じビルの中に「マハラジャ」(ン??知ってるよね?)が入っていたし、地下には色々なスタイルのお店が集まった「屋台村」なんてのもあったので、自分のお店は“深夜2時まで営業”としながら、12時頃には従業員引き連れて踊りに行ったり食べに行ったり…
若干20歳のわたくしでありました(恥)
(〃▽〃)ワカゲノイタリヤネ
たったの一年間ではありましたが、楽しく、とても楽しく、やっぱり楽しむだけ楽しんで、「一年後にオープンした日と全く同じ日にお店を閉めよう」と、、、オープン前から決めていたものです。まぁ、本音としては「一年ぐらいなんとかなるだろう!」と思ってたんでしょうね。
ん〜、若いって素晴らしい。 自分にあっぱれ!
さて、その次は、「パブ」よりも2ランク上に位置づけされております「ラウンジ」と呼ばれる形態のお店の“ママ”をやることになりました。
一軒目のお店をやめるときに話しを頂いて、興味はなかったのですが、提示されたお給料に思わず「やります!」と即答(笑)
条件は最低3年の契約、それ以降は自分のお店として続けてもいいし、やめてもいいと…
その時点で、3年経った後まで続ける気もさらさらないけれど、若干21歳のわたくし、3年経っても「まだ」24歳じゃありませんか! 勿論やるでしょう。
フー(ノд`@) ワカゲノイタリッテコワイ…
さぁ、ここからが私にとっての悪夢の日々の始まりです。。。
あっと、書いてたら長くなったので つづく… ことにした (^^)エヘッ